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2005-11-28 00:55  <結>
結と書いて、ゆいと読む。世界遺産である合掌造り集落に古くから伝わる風習のことだ。
急傾斜の茅葺屋根を持つ合掌造り家屋は、屋根葺きと呼ばれる普請を要する。
結とは、その普請を村民総出で扶助する慣習を言う。合掌造り集落に伝わる独特の社会制度。
そのような伝統的な相互扶助の結によって、唯一無二の合掌造りは継承されてきた。
白川郷と五箇所地方に存続する合掌造り集落は、1995年に世界文化遺産に登録された。
結によって合掌造りが維持されてきた「生きた遺跡」としての価値が、「世界の宝」として認められたのだ。
村民のわかちがたい絆が、「世界の宝」としてのかけがえのない普遍的価値を育んだ。

結は、建築の根源的な価値を表している。建築のあり方は、本来ならば結のようなものなのかもしれない。
絆によって「生きた建物」を構築していくこと。それが最も重要なのかもね。
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by note_R | 2005-11-28 00:55
2005-11-26 19:21  <慈雨>
「行為は、無償であればあるほど美しく、無用であればあるほど真実となる。」
小林秀雄による言葉だ。小林秀雄は、殊勝な行為を諦観している。
しかし、現実の日々の営みの中で、美しく真実のみを見据えて生きていくことは難しい。
一般の人ならば、実利を優先し、無用な行為を切り捨てるだろう。切り捨てなければならないだろう。
そして、無償な行為を忘れがちになるだろう。慈悲の気持ちをつい忘れがちになるだろう。
とはいえ、人間誰しも慈悲の気持ちを持ち合わせているはずだ。
日常の中でつい忘れているだけ。ただ、埋もれた慈悲の気持ちを思い出させるようなきっかけが必要なだけ。

そのようなきっかけになればいいなと、Linksに各種の募金の受付を追加しました。
無償な行為のきっかけにして下さい。わずかな善意も、多く集まればきっと大きな力となるはず。
苦しむ人々に、恵みの慈雨を。
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by note_R | 2005-11-26 19:21
2005-11-13 01:30  <雨合羽>
「優れた芸術家は、雨が降り注ぐ人生を歩む人々に、新しい人生の見方という雨合羽のようなものを与える。
それに反し一介の芸術家は、感覚的な表現や抒情詩という往来の提灯を与える。」
芥川龍之介の言葉だ。この言葉は、傑出した芸術作品の持つ価値の迫真を突いている。
高慢なレトリック(修辞法=美辞麗句)ではなく、新鮮な価値観を人々に提示するということ。
建築、いや、芸術の社会的意義は、まさに雨合羽に集約されるのだ。
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by note_R | 2005-11-13 01:30
2005-11-03 19:25  <資本主義>
我が国の金融市場では、以前までは情というものが入り込める隙間があった。
元来、銀行の企業への融資は、企業の成長可能性を長期的に展望して行われていた。
バブル成長期における企業への多額の融資も、土地神話という長期信用があったから。
バブルがはじけて不良債権が生じても、銀行はその姿勢を崩さなかった。
企業から強制的に不良債権を取り立てず、その企業の経営の再建を待ったのだ。
なぜなら、不良債権を徴収すると企業は倒産し、路頭に迷う社員とその家族が生じることが明白だったから。
リスクを回避するために、本来なら即取り立てなければならなかったのに、情が銀行を躊躇させた。
同じような経験をしたアメリカが、不良債権は即刻徴収しなければ金融システムの破綻を招く、と警鐘を発していたのにもかかわらず。
結果、不良債権は多大に膨れ上がり、日本の金融システム全体は瓦解する。情が、金融システムを破綻させた。

資本社会で生き残るためには、企業は利益を生み出さねばならない。
社員とその家族の生活を保障するため、そして株主に利益を還元するため。
当然、そこでは便益追求、合理主義、効率化、サービス向上が常套手段となる。
情ではなく、理性のみが生き残るために必要とされるのだ。残酷な理性の世界。それが、資本社会。
強きものが恩恵をこうむり、弱きものは挫かれる。冷徹な弱肉強食の世界。それが、資本社会だ。

資本社会がつくりあげた情なき都市の中で、僕らは一体何に価値を見出せばいいのだろうか。
終わりなき資本主義のスパイラル。その中で、僕らは生きていかなければならない。
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by note_R | 2005-11-03 19:25