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2006-09-04 00:22  <ものの見方>
例えば、そこに建築物があるとする。

ある人は、その建築物の形や色彩をみる。
ある人は、その建築物に何のお店が入っているのかをみる。
ある人は、その建築物に休憩することのできる場所があるかをみる。
ある人は、その建築物を集合場所にする。
ある人は、その建築物に楽しげな場所があるかをみる。
ある人は、その建築物に映り込む夕焼けの陽の光をみる。
ある人は、その建築物を写真の被写体にする。
ある人は、その建築物の値段をみる。
ある人は、その建築物の歴史をみる。
ある人は、その建築物の・・・

様々な人々による、様々な見方。様々な人々による、様々な価値。
一方向からの見方にとらわれないということ。様々な価値観に触れるということ。
そこに、創造があると思う。
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# by note_R | 2006-09-04 00:22
2006-08-23 19:38  <夏の黄昏>
今夕の夕暮れは、不思議な光景を描いていた。

通りはすっかり暗くなって街燈の明かりがつき、
人々が歩く光景もあやふやになっているのに、
空は青く、雲が白く輝き、天は昼の綾を彩っていた。
人々の一日の活動が終息に向かおうとしているのに、
天はまだ眠りにつきたくなかったみたい。

夕焼け後にすぐに黒くはならない夏のたそがれ時。
その光景はまるで、不思議で非日常的な夏の夜に
眠りにつきたくない人々の気持ちを、代弁しているかのよう。
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# by note_R | 2006-08-23 19:38
2006-08-20 19:29  <つらいという感情>
人間にはつらいという感情がなぜあるのだろう?
と、あなたは思ったことはありませんか?

考えてみれば、不思議ですよね。
神は、なぜこんなにもどうしようもなく苦しい感情を、人間に分け与えたのか。
喜びや快楽、そして楽しむなどといった幸福な感情だけを与えておけばよかったのに・・・
と思ってしまいます。神が存在するかしないかは別として。

恐らく、それは、
人がつらいという苦しい感情を経験するからこそ、
他人の苦しみを理解し、他人を思いやることができ、
他人と協力し合うことができるようになるからなんじゃないのかなって、最近思います。

人類が他の種族より抜きん出て発展したのは、
つらいという感情があったからこそなんじゃないのかな、
ってさらに飛躍したことを、何の根拠もなしに最近思っています。

そんな最近です。
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# by note_R | 2006-08-20 19:29
2006-08-03 23:38  <個人と集団>
個人ありきの集団か、集団ありきの個人か。
考え方は人それぞれだと思いますが、僕は、前者でありたい。

集団の中にいれば、楽だと思います。
多数の価値観や考え方に従属していれば、ある程度自分自身の方向性も決まってしまうから。
そして、そのような多数は大きな力となって、集団を方向付けます。
でも、僕は、それを良しとしたくはありません。

僕は、団体行動がとても苦手です。
なんで、集団で同じ方向に向かって、同じものを観て、同じことをするのか。
それがいまいち理解できません。
人にはそれぞれの観たいもの、やりたいことがあるはずだ、と思ってしまいます。

でも、組織が一つの目的に向かっているときは話は別です。
個々人が勝手なことをしていたら、組織は成り立ちませんから。
とはいえ、やはりそこでも、「個人あっての組織」が僕の理想です。
それぞれの持ち味と長所を磨いて、それを組織の中で発揮させる。
それが、僕にとっての理想の組織のあり方です。

とりとめのないことを書いてしまいましたが、それが僕の理想的な組織のあり方です。
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# by note_R | 2006-08-03 23:38
2006-07-28 20:19  <プロフェッショナルと芸術家>
以下、ジョン・ラスキン「芸術の政治経済学」からの引用です。

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# by note_R | 2006-07-28 20:19
2006-05-20 20:09  <ふられた>
通り雨に。

久しぶりの青空に誘われて、近くのグランドらしき広場に球蹴りに行った。
その広場は雑木林の片隅に存在し、辺りはうっそうとした木々。
その広場に到着し、少年等のとなりで蹴り始めたと同時にいきなりの雨。
しかも、風と雨が織り交ざった嵐。辺りの雑木林が激しく揺さぶられる。
広場脇の東屋に急遽避難。思いもよらなかった急展開に驚くと同時に心躍る。
嵐は凄かった。雨はバケツをひっくり返したようにザァザァ降る。
辺りの木々も風に煽られて縦に横に激しく踊る。葉と葉のこすれる音が凄まじい。

その後、最初の勢いの反動からか嵐の覇気は失われていく。激しい嵐は、甘雨へと変化する。
仕方なしに、いつ上がるのか定かでない雨が降り止むのを待つ。しかし、中々降り止まない。
広場という舞台が目の前にあるのに、目的を果たせないというジレンマ。
ただひたすら雨が上がることを切に祈りながら辛抱強く待つ。

やがて、雑木林を隔てたかなたの暗い雲の合間から光明が。
雨はまだ降り続けているけれど、だんだんとあたりは明るく照らされてくる。
上空は暗い雨雲。辺りは光に照らされて黄色。雨上がりはもうすぐだ。
空を見上げたらそこには7色に輝く虹がかかっていた。暗い雲と7色の虹のコントラスト。
その後雨は降り止み、さっきまでの嵐が嘘のように晴天へ。
通り雨は、美しい色彩の虹によって幕が下ろされた。

いろいろな移ろいを見せてくれた通り雨。
その展開は、なんか少しだけ人生に似ているように思う。
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# by note_R | 2006-05-20 20:09
2006-04-15 00:49  <建築家・中村好文>
より人間的なスケールの「家」には、生活者の所作が如実に表れる。
それだけに、「家」の設計は楽しい。より身近な想像が、ダイレクトに設計に反映されるから。

NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」に、建築家の中村好文さんが出演していた。
中村好文さんは、我が家の設計をしてくれた建築家。余談だけど、若い頃はかなりかっこよかった(今もだけど)。
綺麗過ぎてかえってくつろげない一般の建築家の住宅とは違い、中村好文さんの住宅には遊び心と温もりがある。

中村好文さんは、ビルの設計や大規模再開発には目も向けないで、あくまで「家」の設計にこだわる。
施主にとっての心地よさを会話の中で引き出しなしながら、プロの住宅作家としての知恵や創意工夫を打ち出す。
それは決して建築家としてのエゴによるものではなく、あくまで生活者のためのいい「家」の提案によるもの。
いい「家」のデザインとは、中村好文さんのような設計をいうのかもしれない。

そんな中村好文さんも、2度も職を失った経験がある。
そして、失職後の設計事務所設立当初は全く仕事が来なかったらしい。
当時の世間と自分とのズレによる焦燥感。それが、一番辛かったとのこと。
でも、今住宅作家となっている中村好文さんは、やりたいことを職にしていてとても幸福そうだ。

「仕事を選ぶ人ではなく、仕事に選ばれる人がプロフェッショナル。」
果たして自分はどんな職に選ばれるべきなのか?
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# by note_R | 2006-04-15 00:49
2006-04-13 12:10  <海上の森>
海上(かいしょう)の森は、愛知県瀬戸市に存在する。そこは、野生生物にとっての楽園の地。
しかし、そんな楽園も万博の会場として一部が人為によって失われた。
「愛・地球博」「自然の叡智」を謳った愛知万博の会場として、開発されてしまったのだ。
仮設的な万博のためにかけがえのない原生林が失われてしまう。
結果的に、愛知万博の会場は海上の森の一部だけになったが、
初期案で愛知県はその場所に大規模な住宅団地を建設する予定だったらしい。
「自然の叡智」の本質とは何なのか?ちょっと考えさせられる。そんな、お祭りの舞台裏。

あと、最近耳に残った言葉。これはスタジオジブリの新作映画の中での言葉だという。
「農民は田畑を捨て、職人は技を忘れた。」
なんだか分からないけど、この言葉が妙に耳に残った。

ジブリ映画が観たくなった。
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# by note_R | 2006-04-13 12:10