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2005-05-30 15:02  <物乞いの少女>
なぜだろう?ふとそのことを想い出してしまい、急に軽い罪悪感にさいなまれてしまった。
2001年の夏、初めて本格的に海を渡り、全くの異郷の地インドを訪れた時のことである。
どの都市のどの場所でのことであったかは、よく覚えていない。でも、そのことだけははっきりと想い浮かんでしまったのだ。

大地がそのまま隆起したような棲家が、群となって集積している農村集落。日本の都市とは全く違う異国情緒あふれるインドの古都市。
白大理石が輝く壮麗なタージマハルの美しさ。視線が合ったら絶対にそらさないで、じっと見つめてくるインド人の眼差し。
愛着を持って接してくれるインド人や、愛嬌のある日本語で話しかけてくるインド人の多さ。どんなに混雑してようが牛を優先してしまう都市の交通事情。
ちょうど滞在中にホテルのTVで目撃した、WTCに飛行機が突っ込む衝撃的なシーン。
いずれも印象深いものだが、インドの地で最も印象に残っていたことはそんなことではなかった。

物乞い。
貧しい国、観光資源が豊かな国であるがゆえに、インドに彼らが多く存在するのは当然の事だ。
遠く離れた土地にまで旅行できるほどに恵まれた経済大国からの旅人を、彼らは羨望の目で見つめる。これも、当然の事。
富める者が貧しい者に富を分け与える。これも彼らからすれば極自然で当然の事。

当然、彼らは群がる。
かっぷくが良く、アラブ人のイメージをそのまま表したかのようなインド人運転手の車から降りると、
お金のある観光客を目当てにして彼らは群がり、ものを売りつけたり単にお金だけを要求したりする。
怖いくらいに日本語が堪能な、頼れるもう一人のインド人ガイドは、僕等2人に彼らの要求に応じないようにと忠告する。
一人の要求に応じると、全ての物乞いの要求に答えないといけなくなるから。当然だ。

その当然という錯覚が、そのことを引き起こす。

それは本当に突然の出来事だった。
とある目的地に向かって歩いている時に、いきなりあどけない少女が近づいてきて宙返りをした。
周囲に他の物乞いはいなかった。インド人のガイドと僕らの4人だけ。もしかしたら、他の3人はそれを目撃しなかったのかもしれない。
その少女と目が合ったのが僕だけだったからかも知れないが、その少女は宙返りをした後、僕に近づいてきて「Money」といった。
少女の突然の宙返りは、物乞いのためのパフォーマンスだった。

「No」。小さな少女に向かって発した言葉は、それを拒否するものだった。
それまでの当然という錯覚が、思わずそんな言葉を生じさせてしまった。
周囲に他の物乞いはいなかったから、わずかな金でも与えてもよかったのに。

彼女が立ち去ってしまってから、後悔の念が湧き上がってきた。なぜ拒否してしまったんだ?
「No」といった瞬間に彼女が見せた悲しそうな表情が、その思いをよりいっそう深めさせた。
なぜ、わずかな優しさでも小さな彼女に示すことができなかったのだろうか。

苦い経験は記憶の奥底に閉じ込められ、ある瞬間に思いがけずにふっとあらわれる。
インドでの経験の中で最も印象に残っていたのは、小さな物乞いの少女の、小さな小さな要求だったのだ。
by note_R | 2005-05-30 15:02
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